【tera045の音楽&サブカル備忘録】

「tera045」が関わった音楽&サブカル(TVマンガ、特撮など)に関する興味、関心、活動などを記録していくブログです。

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ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY  

前回記事に引き続いて・・・じゃないですが、今度は山下達郎のネタ。

来る2015年08月05日に、SUGAR BABE「SONGS -40TH ANNIVERSARY ULTIMATE EDITION-」が発売されるのを記念して、彼がDJをしているラジオ番組「東京FM:山下達郎サンデー・ソングブック」にて2週にわたって特集される。

1回目では、いきなりアルバムの紹介ではなく、山下達郎自身のデビュー40周年にもあたるので、デビュー前の音楽活動に関して語られていた。そこで登場したのが、「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」というアルバム。

これは山下達郎が中学時代に組んだアマチュア・バンドを母体として、大学時代の1972年に自主制作されたアルバムである。

このバンドには特に決まった名前がなく、「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」や「DAY」といった名前で活動していたらしい。
※「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」とは、ビーチ・ボーイズのアルバム「サンフラワー」の中の曲名からとったとのこと。

A面はザ・ビーチ・ボーイズのカヴァー、B面はドゥーワップやロックン・ロールのカヴァー等で構成されている。

その他詳細はコチラからどうぞ↓↓↓
Wikipedia「ADD SOME MUSIC TO YOUR DAY」



いかに山下達郎といえども、まだアマチュアなので、当時の大学生としては大金である13万円以上もかけて作成した自主制作アルバムは、ほとんどタダ同然で配られていたらしい。しかし、そのレコードが縁で、その後シュガー・ベイブを組むことになる大貫妙子と知り合うこととなり、また別のルートから伊藤銀次の耳にとまり、それが大瀧詠一に繋がって、その後ナイアガラレーベルからシュガー・ベイブがデビューすることになるとは、本当に人の縁とは面白いものだ。。。


その後、このアルバムは1985年にアナログ盤で一度復刻され、1992年山下自身の監修で初CD化された。現在このCDは、山下達郎のオフィシャル・ファンクラブとオフィシャルサイトで購入可能だそうだ。

addsome.jpg

興味のある方は下記よりどうぞ↓↓↓
http://www.tatsuro.co.jp/fan/iframe_index.html






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Posted on 2015/07/31 Fri. 19:18 [edit]

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二人の夏  

またまた音楽ブログ「TAP the POP」からの記事。

”山下達郎と浜田省吾が同じ野音のステージに立った、1975年の「サマーロックカーニバル」”

”1975年の7月26日、東京・日比谷野外音楽堂では、「サマーロックカーニバル」というロック・コンサートが開かれた。出演したのはシュガー・ベイブ、サンハウス、愛奴、金子マリとバックス・バーニー、鈴木茂とハックル・バック、上田正樹とサウス・トゥ・サウスだった。出演が告知されていた頭脳警察は当日になって欠場した。”


なかなかスゴイメンツ。しかも当時野音では、4月下旬から11月上旬にかけて、毎回これだけの顔ぶれのバンドが揃って、週末になるとライブが行なわれていたそうだ。


浜田省吾が「愛奴」というバンドでドラムをやっていたのは知らなかった。※まあ、あまり浜田省吾は聴かないので知らないのも当然だが・・・(笑)

その愛奴のデビュー・シングルが「二人の夏」(作詞・作曲:浜田省吾、編曲:愛奴)




<二人の夏/愛奴'92ライブ>


発売前から大きな注目を集めていたが、期待された割にシングルはヒットとは程遠く、アルバム・セールスにもまったく結びつかなかったらしい。



その「二人の夏」を山下達郎がカバーしている


<二人の夏 山下達郎 Live at 中野サンプラザホール 1994年5月2日>



山下達郎と浜田省吾の接点ってあまりピンと来なかったが、愛奴とシュガーベイブは75年同期デビューで、解散もほぼ同じ時期らしい。

ライブも共演をよくやってたみたいなので、まあ、戦友みたいなものなのかな?




Posted on 2015/07/29 Wed. 12:34 [edit]

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コナン  

といっても未来少年の方ではない(笑)。

最近のアニメとしては毎週見ている「名探偵コナン」
子供達も好きなので一緒に見ている。

なぜこれが「サブカル」ネタかというと、有名な話らしいですが、登場人物に「ガンダムネタ」が多いからなんです。※作者の青山剛昌がガンダムの大ファンらしい・・・

とはいっても、登場人物「赤井秀一」に関係する人物だけらしいですが・・・


「赤井秀一」:FBI捜査官。黒の組織に潜入していた。


名前がまず・・・
「赤井」「赤い」彗星のシャア から
「秀一」=シャアの声優である池田「秀一」 から

そして赤井秀一の声優も池田秀一である。


さらに、赤井の組織に潜入していた時の偽名である 諸星 大「諸星」は赤い彗星の事で、「大」はシャアの本名「キャスバル・レム・ダイクン」の「ダイ」からとってるらしい(笑)。



赤井の妹の「世良真純」は、シャアの妹、「セイラ・マス」より。
sera.jpeg




そして赤井のライバルにあたる「安室透」:黒の組織に潜入している公安警察官
amuro.jpg

名前からすぐわかる通り、シャアのライバル、「アムロ」・レイと、アムロレイの声優の古谷「徹」から。
安室透の声優ももちろん古谷徹です(笑)

安室透の本名、「降谷 零(ふるや れい)」も、声優の「古谷」徹と、アムロ・「レイ」の組み合わせ。。。

おまけに、安室透の愛車は「白」のマツダ・「RX-7」→ガンダムは白色で、型式名は「RX-78」。。。



赤井秀一の変装している「沖矢 昴(おきや すばる)」も、シャアの本名、キャ「スバル」が元ネタ。。。
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「赤井秀一」に関係する人物だけ、という割には、もういいわ!と思うぐらいのお腹いっぱいさ(笑)
なんかもう・・・脱帽です。



でも、実は「ケロロ軍曹」のほうが、ガンダムパロディは遥かに多いらしいです・・・

「ケロロ軍曹」は見たことないなぁ・・・

こんど見てみよう。



Posted on 2015/07/26 Sun. 23:18 [edit]

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(追悼)トランザム  

先日の「SHŌGUN(ショーグン)」に引き続き、70年代のテレビドラマ主題歌を多く手掛けていた「トランザム(TRANZAM)の事を書こう、と思っていたら、今日の訃報記事。。。

”「トランザム」のボーカル高橋のぶさん死去 ライブハウス開店前に… ”
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150724-00000000-spnannex-ent


「トランザム」について簡単に解説。

”1974年にデビューした日本のロック・バンド。コマーシャルソングの分野においても、100曲以上を手掛けている。テレビドラマ『俺たちの勲章』『俺たちの旅』『俺たちの朝』等の劇伴音楽を担当する。1976年時点でデビュー時からのメンバーはリーダーの河内だけとなる。その後、河内は個人の仕事へ注力していき、あまりレコーディングに関与せず、すべて高橋伸明(高橋のぶ)に任せるようになる。1981年、トランザムはグループとしての活動を休止。後に高橋は「トランザム+桑江知子」「トランザム・ムーン・バンド」「N.TAKAHASHI with トランザムII」といったユニットやバンドを組んでレコードをリリースしており、2003年からは「トランザム」としての活動を再開していた。”


自分にとっては、何といっても「俺たちの旅」のテーマソングが思い出!
※ドラマの詳細はコチラから!「俺たちの旅」 

<「俺たちの旅」オープニング(作曲:小椋佳 / 編曲:トランザム)1975年>


作曲は小椋佳だったんだね。通りでいいメロディーだ。この頃中村雅俊は、歌に芝居に絶好調だったからね!

私もリアルタイムにこのドラマ見ており、この後もいわゆる「俺たちの~」シリーズのドラマは続けて見てたな~



「俺たちの旅」の前に、松田優作との共演の「俺たちの勲章」というドラマも「トランザム」が手掛けている。

ちゃんと見たのは「俺たちの旅」からだったので、あまりストーリーは覚えてないが、テーマソングは知っている。

※ドラマの詳細はコチラから!「俺たちの勲章」 

<「俺たちの勲章」”あゝ青春”(作詞:松本隆 / 作曲:吉田拓郎 / 編曲:チト河内)1975年>

※実際に主題曲として放送で使われていたのはインストゥルメンタル曲「『俺たちの勲章』のテーマ」で。「あゝ青春」はこれに詞をつけて歌にしたもの。)

これは、作詞:松本隆 / 作曲:吉田拓郎 だ!




その後、「俺たちの朝」「俺たちの祭り」と手掛ける。
※ドラマの詳細はコチラから!「俺たちの朝」「俺たちの祭り」

<「俺たちの朝」オープニング(作曲:小室等 / 編曲:チト河内)1976年>


<「俺たちの祭り」主題歌(作詞・作曲:小椋佳、編曲:チト河内)1977年>





なんと!「おはよう720」キャラバンⅡテーマソングも手掛けていたとは!
これはTBS系列で放送されていた朝の情報番組なのだが、この番組も良く見てたなぁ~

※番組の詳細はコチラから!「おはよう720」

<「おはよう720」キャラバンⅡテーマソング 「Beautiful Sunday」
(作詞・作曲:Daniel Boone(ダニエル・ブーン)、Rod McQueen / 訳詞:松本隆 / 編曲:チト河内)1976年>




そしてCMソングは「カモン・イン・コーク」です!

<Come on in Coke `77あふれる光の中で トランザム >



すべてが皆懐かしい・・・いい曲だらけだ。


改めて追悼の意を表します。合掌。。。。



Posted on 2015/07/24 Fri. 19:09 [edit]

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My Back Pages  

今度バンドで「My Back Pages」をやることになり、日本語カバーをしている「真心ブラザーズ」バージョンを聴いてみた。

<真心ブラザーズ マイ・バック・ページ>



「真心ブラザーズ」について簡単に解説。
”1989年、早稲田大学法学部に在籍していた桜井秀俊が、バラエティ番組「パラダイスGoGo!!」(フジテレビ)の一コーナー「勝抜きフォーク合戦」に出場するために、当時教育学部に在籍していた音楽サークル「GEC(早大ギターを楽しむ会)」の先輩である倉持陽一(YO-KING)を誘って結成。その結果、「勝抜きフォーク合戦」を勝ち抜き、『うみ』でデビュー。テレビ朝日『ニュースステーション』のプロ野球コーナーのタイアップ曲の『どか~ん』が高校野球の応援曲や日産・ADバンのCM(1990年)などとしても使用され、ヒット。サントリーモルツのCM曲「モルツのテーマ」も話題となった。1995年に、THE 真心ブラザーズから真心ブラザーズにバンド名を変更。当初はアコギを用いたフォークミュージックのスタイルの楽曲が多かったが、真心ブラザーズ名義になったあたりからはソウルミュージックやヒップホップなどの黒人音楽にも影響を受けた楽曲も多くなっている。2001年12月21日、日本武道館公演で活動休止、それぞれソロとして活動していたが、2005年5月8日、SHIBUYA-AXで行われた「YO-KING LIVE TODAY SPECIAL」のアンコールゲストで桜井が登場し活動再開を発表した。活動再開後のシングル「Dear, Summer Friend」からは「情熱と衝動」を除きカップリング曲に過去のシングル曲の再録版を収録している。”
以上、Wikipediaより引用。

上記はライブバージョンだったので、スタジオ版も聴きたいと思い、ベスト盤をレンタル。

今まで「どか~ん」とか「モルツのテーマ」「ループスライダー」ぐらいしか知らなかった。

また、フォークデュオというイメージがあったので、フォークっぽい曲が多いのかな?と思ってたら、下記の曲みたいに激しいのもあったりする。

<真心ブラザーズ - 拝啓、ジョン・レノン>


<真心ブラザーズ 『スピード』>


まあ、どっちが桜井でどっちがYO-KINGなのかも最近まで知らなかったのだが(笑)


通して聴いてみるとなかなかイイね。

サウンドもそうだが詩がいい。

YO-KINGのぶっきらぼうな歌い方も馴れるとクセになる。いい声だ!



Posted on 2015/07/24 Fri. 12:19 [edit]

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ウルトラマン創世紀展  

電車の車内刷りでこんなの見つけた。

”「ウルトラマン創世紀展-ウルトラQ誕生からウルトラマン80へ-」 6/27(土)~8/30(日)横須賀美術館にて開催!”
http://m-78.jp/news/n-3112/



見てみたいが横須賀なのでちと遠い。

カミさんも子供達も特撮に全く興味ないから、行くとなると一人でか。。。

う~ん、悩む。。。。




Posted on 2015/07/23 Thu. 16:32 [edit]

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男達のメロディー  

またまたラジオからのインスパイア(笑)

先週のクレイジーバンドラジオショウ「HONMOKU RED HOT STREET」にて
「SHŌGUN(ショーグン)」「男達のメロディー」がオンエア。

・・・懐かしい曲だ。テレビドラマ「俺たちは天使だ!」のテーマソングだ。


「SHŌGUN(ショーグン)」について簡単に解説。
”1978年、芳野藤丸を中心に腕利きスタジオ・ミュージシャンで結成。1979年、テレビドラマ「俺たちは天使だ!」の音楽担当に抜擢。その主題歌「男達のメロディー」が50万枚を超えるヒットとなる。そして同年、ドラマ「探偵物語」でも音楽と主題歌を担当。その後、わずか2年足らずでメンバーのマリファナ所持により活動を停止してしまう。”


その後は解散、再結成を繰り返し、今も活動はしているみたい。


<『男達のメロディー』 SHOGUN>


ついでに「探偵物語」の曲も。

<探偵物語 オープニング&エンディング>


イイ曲だ。今度TSUTAYAで借りよう!(笑)


Posted on 2015/07/21 Tue. 22:40 [edit]

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羅生門  

芥川龍之介の小説「羅生門」のことでも、芥川賞ネタでもありません。

またまた・・・ラジオネタです。※たぶんラジオ局側は、タイムリーなネタとしてオンエアしたのでしょうけど(笑)

昨日の大貫憲章のラジオ番組「Kenrocks Nite - Ver. 2」にて、羅生門(らしょうもん) という1971年に結成された日本のロックバンドの曲、「日本国憲法 第二章 戦争の放棄」という曲がオンエアされた。


羅生門とは・・・?
”1971年に元ザ・ハプニングス・フォーのクニ河内と元ザ・ハーフ・ブリードのポール湯川、元エモーションの近尾春親(現・近田春夫)らによって結成される。同年、ファースト・アルバム『日本国憲法』をリリース。同作はアメリカ独立宣言に曲を付けたフィフス・ディメンション「The Declaration」(1970年)の日本版と言うべきもので、 日本国憲法の第1章から第10章まで計10曲が収録された。翌72年にアメリカの先住民問題をテーマにしたセカンド・アルバム『インディアン、死よりも赤を選ぶ』を発表し、同年限りで解散。元々スタジオ・ミュージシャンによる企画物バンドで、中心人物であるクニはスケジュール等の都合もあって、レコーディングのみの参加に留まり、メンバーにも名を連ねていない。また、バンドとしての実体も、僅かな期間のライブ活動に限られていたという。”



アルバム『日本国憲法』というのがあって、その中の1曲らしいが、芥川賞もそうだし、例の安保法制ともからみ、何ともタイムリー(笑)


・・・まあ、あまり政治的な話はしたくないので、取りあえず曲を聴いてチョーダイ!

<羅生門「日本国憲法 第二章 戦争の放棄」>




Posted on 2015/07/17 Fri. 22:31 [edit]

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Skip James  

またまたラジオネタ。。。

先日、山下達郎のラジオ番組「サンデー・ソングブック」で、Skip James(スキップ・ジェイムス)という古いブルースマンの曲がかかった。

「I'm So Glad」。そう、後にクリームのカバーで有名になる曲だ。

簡単にスキップ・ジェイムスを紹介すると・・・

”1902年ミシシッピ州生まれ。1931年にパラマウント・レーベルに18曲を録音した後、ブルースから足を洗い、父親と一緒に教会の仕事に従事。40年代には牧師となった。64年、ミシシッピ州チュニカで入院しているところを、ブルース研究家達により再発見され、ステージへと引きずられた。調子の高い幽霊のような歌唱と耳に取りつくような繊細なギター・プレイでフェスティバルを席巻。後にクリームがジェイムスの曲「I'm So Glad」をカヴァーし、大ヒット。その印税で、ジェイムスの晩年の入院費がまかなわれた。”

クリームがカバーしたことにより印税が生まれ、それが本人の入院費になった・・・っては粋だね!

偉大な先達に敬意を表し、曲をカバーすることによって、原作者がその後再評価されることって結構あるよね。でも、スキップ・ジェイムスは比較的長生きしたから、直接本人に支援できたけど、昔の偉大なブルースマンが再評価されたのって、サン・ハウスにしろロバート・ジョンソンにしろ、大概、没後だからね。まあ、遺族とか親戚とかが喜ぶか(笑)。


そんな訳で、まずはスキップ・ジェイムスのオリジナルを。
※何せ1931年のレコーディングなので、音は悪いです。。。

<「I'm So Glad」 SKIP JAMES (1931)>


続いて、大ヒットしたクリームバージョン
<「I'm So Glad」Cream(Farewell Concert 1968)>


日本でもGSブームの時、このグループがカバーしてました。横浜を代表する偉大なるグループ「ザ・ゴールデン・カップス」!
<「I'm So Glad」The Golden Cups- (1968)>





Posted on 2015/07/16 Thu. 23:27 [edit]

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【思い出の名盤?】No.4:Sam Cooke「Live At The Harlem Square Club,1963」  

私にとっての「思い出の名盤(迷盤?)」をご紹介する、【思い出の名盤?】コーナー。

第4回は、今までのイメージを覆したこの名盤!↓↓↓↓

Sam Cooke「Live At The Harlem Square Club,1963」


Sam Cookeをちゃんと聴いたのは、このアルバムから。
きっかけは、NHK FMの山下達郎「サウンドストリート」でのオンエアだった。

そのあたりの資料がないかネットで調べてみたら、なんと、私は言いたい事がほぼ書いてある記事を見つけました。最近よく見る音楽系ブログ「TAPthePOP」というサイトの記事

詳しくはこの記事から・・・ってあまりにもやっつけなので(笑)、簡単にご紹介。


このアルバムは1963年1月12日にノース・マイアミのハーレム・スクエア・クラグで行われたなライヴの模様を収録したもの。当時のレコード会社であるRCAのスタッフは、激しくシャウトし、観客を盛り上げるライヴ内容が、今までの洗練されたサム・クックのイメージにそぐわないという理由で、その後20年間以上この音源をリリースすることをしなかったらしい。そして1985年になって、やっとリリースされることになったという、いわく付きのライヴだそうだ。


山下達郎は、届けられたレコードを視聴して驚き、急遽予定を変更してサムの特集を組んだそうだ。それが前述の「サウンドストリート」でのオンエア。


このオンエアで、それまで日本人がサム・クックに抱いていたイメージがガラッと変わったらしく、日本のミュージシャンの間でも、例えばTHE BAWDIES「無人島に持っていく10枚」という企画で、真っ先にこのライブ盤を挙げたらしい

また「TWISTIN’ THE NIGHT AWAY」が国内でCD化されてないことを知り、ウルフルズのトータス松本は、リスペクトの気持ちを込めて「TWISTIN’ THE NIGHT AWAY」をまるごとカヴァーしたそうだ。

※トータス松本は「TRAVELLER」というカバーアルバムで「Sugar Dumpling」「Bring It On Home To Me」をカバーしているね。このアルバムもまたいいんだ~!
traveller.jpg



という訳で、以上、Sam Cooke「Live At The Harlem Square Club,1963」のご紹介でした。

最後にこのアルバムから、「Bring It On Home To Me」をどうぞ!

<Sam Cooke - Live At The Harlem Square Club, 1963 - Bring It On Home To Me>









Posted on 2015/07/14 Tue. 22:52 [edit]

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